僕らの枕投げ






 満点の星空が一望できる、丘の上、鉄くずとコンクリートの山とかした瓦礫の上で僕は君と空を眺めていた。
 手には寄りがけにかった牛乳瓶2つ。
 白と黒の2色の硝子瓶。
 君は黒い方を選んだ。
 苦いの大丈夫なんだ、と聞くと、君より大人だよ、と君は拗ねたように答えを返す。
 ――ああ、そのとおり、君は僕より長生きだ。
 たとえ、その姿が僕より随分幼くても。
 君と出会った時より、随分年をとったなあ、と顎の無精髭を撫でながら僕は思う。
 星空に照らされ、牛乳瓶に映る僕の顔は、かつて死んだ父とどこか似ていた。
 なんとも言えない気分の僕は、久方ぶりの牛乳に口をつける。
 横の君も、上機嫌に椅子みたいなコンクリの塊に腰かけて、浮いた足をバタバタ揺らす。
 冷たい夜風が僕と君の髪を揺らす。
 さわさわ。
 ゆらゆら。
 人工的な光のなくない、都会ぐらしの僕にとって久しい空の下。
 甘い、懐かしい味に僕は思わず微笑んだ。
 名残惜しくなる前に、僕は一気に飲み干した。
 横にいる君はちびちびと、両手で硝子の瓶をまるで宝物用に抱えながら。
 味わうようにゆっくりと。
 その横顔は、ひどく儚げで、今にも消えそうで。
 すでに飲み終えた僕はそんな君を見つめながら、そんな事を思う。
 やがて君は何、と聞いてくる。
 なんでもないよ、と僕は答える。
 胸のうちに潜めた不安を飲み込んで。

 僕は君を失うのが怖い。
 そんなこと、君は聞いたら笑うだろうけれど。

 やがて近づく足音。
 懐かしい騒がしさ。
 さあ、今日も始まる。
 今年も夏の風物詩がやってくる。
 いざ決戦の時――枕投げの時間だ。

 夜色に染まった世界は一転し、白に染まっていく。
 木の甘い香りが、いつの間にか鼻をくすぐり、瓦礫まみれの視界は畳の上に敷かれた色とりどりの布団の世界に。
 いつものように20畳ほどの旅館に僕らは放り出された。
 懐かしい、顔ぶれが笑顔で視線を向けてくる。
 赤いはなの賢治、太陽のような笑顔の花ちゃん、図体がでかいくせに、泣き虫の青菜先生。――計30名の面々が僕と君を取り囲む。
 僕のクラスメイト。あの日と同じ旅館の寝巻きを着たまま楽しそうに笑っていた。
 彼らに言葉はない。必要ない。
 いや、まあ時折からかうように、押し殺した笑い声は聞こえてくるけれど。
 油断して僕も口を開こうとして、君に止められる。
 喋らない。それがこの場のルール。
 だけど、まあ返事をする暇もない。
「後ろ!」
 君の声が部屋に響く。
 その声にしたがって、僕は右に飛び退く。ほぼ同時に僕が居た位置に枕が飛んでいた。
 やがて、最初の1投が合図のように次々に枕が投げられる。
 けれど、毎年やり慣れてるせいか特に苦も無く僕は避ける。
 外れて落ちた枕を掴んでは、次々に投げ終わってスキだらけの彼らに投げつける。
 最初は順調。
 のろまな青木に一発命中――消滅
 いつものように笑顔のままじっとしている柊さんは、いつもの様に反撃せずに枕にあたって消えてくれた。
 にっくきイケメン赤城はいつものように余裕の笑顔を見せつけ――背後に回った君に羽交い絞めにされ、余裕で枕を当てられた。
 そのまま立て続けに半分ほどぶつけて消滅させる。
 そひて、だんだん苦しくなっていく。
 吉野、伊丹の漫才ペアのコンビネーション攻撃、卑怯な背後に回り続ける沢木君、やたら俊敏なぽっちゃり系の若野さん。
 けど、どうにか撃破。
 一番のピンチは、 実は僕が密かに片思いしていた日野さん。
 いつもの様に上目遣いの媚びた目線を向けてきて――君に豪速球を投げられ、消滅。
 年々、その威力は増している気がする。

 やがて残ったのは、全国随一と言われた豪腕ピッチャー東雲君。
 いつものように皆が居なくなってから動き出す。
 勝負は一瞬。
 静寂が場を支配する。
 飛ぶ枕、防ぐ僕。
 昔は君の助けなしにはダメだったけれど、いつの間にか僕は大きくなった。
 ――だから、これぐらいの速度の枕じゃあ、もう危なくもなんともない。
 彼は、僕が防ぎきったのを見た瞬間、どこか寂しそうに笑って、潔く僕が投げた枕に当たって消えた。

 やがて、景色がぼやけ暗くなり、瓦礫だらけの元の場所に戻っていく。
「今年も、僕の勝ちだ」
 僕は呟いた。
「おめでとう」
 横の君は嬉しそうに笑う。
「今年も、彼らの仲間入りしなくて済んだね」
 まあね、答えて僕は歩き出す。
 もう、此処に用はない。
 君も後ろについてくる。
 ここはかつての僕の修学旅行先。
 地震ですべてが潰れて消えた旅館跡。
 
 僕だけが生き残った。
 此処に昔から住んでいた座敷わらしに助けられ。
 ――否、代りの宿として、潰される直前に連れだされたのだ。

 毎年命日になると僕は此処を訪れた。
 あの日、枕投げをしている最中だった。
 トイレに出た僕だけが座敷わらしの宿として選ばれ連れだされ、皆は死んでいった。
 彼らを助けきれなかった座敷わらしの君は、毎年こうして罪滅ぼしのゲームを開く。
 賞品は僕の身体。
 彼女加担のけして負けることのない出来レース。
 みんなわかってて、けれど毎年皆参加する。
 
 なんとも言えない、不思議な気持ち。
 きっと、僕が死ぬまで続くだろう。
 ――願うことなら来年までに皆成仏してくれることを祈るけれど。

 毎年の悩みをため息一つでとりあえず、済まして僕は空を見上げた。

 あの日と同じ、ぼやけて光ってよくわからない空だった。






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